ヲシテ文献研究室

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ヲシテ基礎研究

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Re: 連想・・・磁石の構文
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-4-27 3:32:18  SITE  MAIL  [返信] [編集]

多くの色々の痛みを経て、
やさしさが、実感として解かってくるのですね。
料理の時も、包丁で指に傷をつけて、あ、大変だと気付いたものでした。 塩が、傷に付くと沁みるのですね。

「磁石の構文」の命名は結構良さそうに思います。
これも、ウンウンと唸っての産物です。浅野文法が全く無視されていることには、義憤を感じます。
大切な、高度な、‘やまと ことば’の実力を、正等に復活させたいと念願します、からです。

「白鳥の歌」は、その昔よく聞いていました。
あんな感じの、‘やまと こころ’の表現がしたいものです。
きっと、
民族の垣根を越えて、共感の輪が広がってくれるのではないか?
ひとつの、願いです。
誤植の恐ろしさ
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-4-19 18:31:03  SITE  MAIL  [返信] [編集]

印刷物を作ってみると、
誤植にさいなまれます。
    ・
その点、
Webでは、少しはマシなのでしょうね。
でも、
印刷にすると、
重みが違います。
今のところですが…。
そう考えまてきますと、
写本での、文字の異同も何となく、
その、雰囲気が肌に感じてくるようには思われませんか?
    ・
どんなに、目を凝らしても、
誤植は起きます、し。 誤写も起きます。
打ち込みミスも起きます。
それを、
包含して修正しつつ読むのが、「こころば」を持った、‘ひと’の位置なのでしょうね。
Re: リングに上がらないのでは
mana
特別研究員

真名 2007-4-14 23:21:31  [返信] [編集]

すいませんが、お話の焦点が見えなくなってきました。

また、このスレッドの本来の論点から横道に逸れつつあるようです。
この方向の議論は非生産的だと思います。 この点は打ち切らせてください。 別の話なので、長い記事を必要とします。
 
本来の論点については議論が出尽くしたように思います。
Re: リングに上がらないのでは
umayado
特別研究員

ひらおか 2007-4-14 17:39:31  [返信] [編集]

ごめんなさい、私の聞き方が悪かったですね。

「「後世になるほど」というところが重要です。」

というのは、どうしてか、という部分です。
Re: リングに上がらないのでは
mana
特別研究員

真名 2007-4-14 16:45:36  [返信] [編集]

それをブロクに書いてるわけですよ。
ここでそれをかけるようなら、ブログが不要になります。

例えば、いままで書いたのはこれ。

http://blog.goo.ne.jp/manasanda/e/ae54a84dd5ae21a2f1e7897d647df2e6
http://blog.goo.ne.jp/manasanda/e/1198c8d0d9ce862b337f94d68d537e4d
http://blog.goo.ne.jp/manasanda/e/0350dc8ea5e911a5e12f6595265c7480
http://blog.goo.ne.jp/manasanda/e/90e2f76b48cd4e79dc068c286586c476

これも当たり前ですが、そもそも、延喜式があります。

先代旧事本紀関係の記事
http://blog.goo.ne.jp/manasanda/c/ea30bc733db1906b9feb5db6712114e4

鳥居さんの本を読むだけでも、特に中世以降の神道書、神道思想がヲシテ文献といかに大きく食い違っているか、端的にわかると思いますが。 本人の意図は別として・・・・・・・





Re: リングに上がらないのでは
umayado
特別研究員

ひらおか 2007-4-14 16:22:30  [返信] [編集]

引用:

真名さんは書きました:
その結果は、後世になるほど、かなりの落差と相違があることを示す結果に終わっていると思います。
「後世になるほど」というところが重要です。


この部分について、もしよろしければご教示ください。
リングに上がらないのでは
mana
特別研究員

真名 2007-4-14 15:04:13  [返信] [編集]

というか、例えば裁判で、原告側が一定の立証を行ったとしましょう。
それに対して、被告側が、反証を行わず、審理にも出頭しなかったら、敗訴となりますよね?

私は、
「立証責任は、その主張を行った側にある」
と述べているだけのことなんです。

ボクサーならば、リングにあがれ

ネットの片隅で言っても仕方のないことなんですが、学問的な立ち位置は確認しておきたい。

鳥居さんは、後世の神道系思想哲学文献の中にヲシテ文献の痕跡を探したわけですが、
その結果は、後世になるほど、かなりの落差と相違があることを示す結果に終わっていると思います。
「後世になるほど」というところが重要です。

先代旧事本紀については、ブログで記事を幾つか書いています。
この関係の「先行性」は結論が出ていると言えます。


Re: ヲシテ文献と日本書紀の比較
umayado
特別研究員

ひらおか 2007-4-14 14:36:50  [返信] [編集]

引用:

それから、ヲシテ文献の独自伝承部分ですが、これ、一般的には神道系伝承と言われています。
ところが、ヲシテ文献と内容の近い神道文献はないようです。
実はここでは必ずしも評判の良くない(笑)鳥居礼氏ですが、中世以降、例えば江戸時代の神道文献をかなり洗っているんですね。
ところが、その伝承内容はヲシテ文献とはかけ離れているわけです。
神道とヲシテ文献とは、かなり違う。

このことは、逆にヲシテ文献(ホツマツタヱ、ミカサフミ)が、完全に秘匿されてきたことの傍証になるかもしれません。

先代旧事本紀との類似性もありませんか? あるいは大成教、古史古伝についても。

ヲシテ文献の内、フトマニについては、完全な秘匿とまで行かず、それなりに伝承されている可能性はあると思います。例の文献検索の結果からの推量に過ぎませんが。

引用:

したがって、おそらく有効な「α」「β」を探し出すことは難しいでしょう。

有効な「α」「β」を見つけるだけでなく、それらからの「−」のルールも見つけないといけないので相当可能性が低い、というのが真名さんの考えですね。

例えば、

「トホカミヱミタメ」という神道における伝承(江戸時代に既知)から2つ目の「ミ」だけを変更して「トホカミヱタメ」という記述を作り出す、という作為を考えるよりも、「トホカミヱタメ」という言葉があってそれが伝承中に「トホカミヱタメ」に変化した、と考えるほうが科学的検証に耐える。

「α」「β」については、江戸時代中期までで既知のことに限定されます。

で、本来これらはわれわれの仕事ではなく、記紀学者の仕事であると。
Re: ヲシテ文献と日本書紀の比較
mana
特別研究員

真名 2007-4-14 11:57:09  [返信] [編集]

それがまさに、私が要求している「先行性」の議論そのものです。

おっしゃる「想定反論」は「仮説」「命題」に過ぎません。

その仮説について、

(「日本書紀」+「古事記」+「α」+「β」イコールヲシテ文献)

となることを示す必要があります。

それには、
まず、「α」「β」文献を具体的に示す必要があります。
次に、それらを無矛盾に組み合わせてヲシテ文献を構築する必要があります。

ここで「無矛盾」と書いているのは、日本書紀、古事記の記述に矛盾、不整合、不明瞭が非常に多いからです。
それを他の既存文献と組み合わせていくことは難しいと思っていますし、そのことをブログで示しています。

それから、ヲシテ文献の独自伝承部分ですが、これ、一般的には神道系伝承と言われています。
ところが、ヲシテ文献と内容の近い神道文献はないようです。
実はここでは必ずしも評判の良くない(笑)鳥居礼氏ですが、中世以降、例えば江戸時代の神道文献をかなり洗っているんですね。
ところが、その伝承内容はヲシテ文献とはかけ離れているわけです。
神道とヲシテ文献とは、かなり違う。
したがって、おそらく有効な「α」「β」を探し出すことは難しいでしょう。

最終的には、サイエンスの常識により、
より幅広い命題を、
より少ない矛盾で、
検証可能性をもって
説明できる仮説が勝ちます。

それらを説得的に論証する「立証責任」は、日本書紀先行派,つまり文献史学者さんたちに課せられています。
彼らはまだ「土俵に上がっていない」という指摘を行っています。

さて、ヲシテ文献の研究、新発見は今後いろいろあるかもしれず、期待しております。 
そちらが決定打となる可能性はもちろんあります。
期待しております。

ついでですが、「定本」の確定は、現時点では難しい感じもします。
場所によって、「この本がいい」「こちらの方がいい」という感じで、ブレが非常に大きいように思います。
ミカサフミも場所によっては怪しい感じの仮名遣いがあるみたいです。 どの本がいいとはいちがいに言えない感じです。
一度合宿をやって、適切な仮名遣いを議論すると少しは進むかも。 
Re: ヲシテ文献と日本書紀の比較
umayado
特別研究員

ひらおか 2007-4-14 9:37:47  [返信] [編集]

記紀 → ヲシテ文献 が否定できたとして、

ヲシテ文献を必ずしも記紀だけから作り出さなければならい訳はない、
という想定反論についてはいかがでしょうか。

例えば、記紀+先代旧事本紀+○○○+・・・+創作 → ヲシテ文献
というような。もっとも+する項目が増えれば増えるほど、矢印の向きが逆なのだということになるとは思います。
Re: ヲシテ文献と日本書紀の比較
mana
特別研究員

真名 2007-4-13 11:10:07  [返信] [編集]

その観点からは、「原文比較のみ」に絞るのが有効だと考えています。

なぜなら、原文にかなりの一致点があることは、事実であり、議論でも学説でもないからです。
その点は誰も否定しえない出発点となります。

その上で、いずれが先行するのかを議論していくことの妥当性も、誰も否定できません。

つまり誰も否定できない「方法論的正統性」があるんですね。

結論は別です。
サイエンスは結論ではなく、方法論です。
もしも学会がサイエンスを称するのであれば、方法論的正当性をもつ論文は、結論のいかんにかかわらず、掲載を拒否できません。 
もちろん日本書紀先行を結論とする論文を同時に掲載することは考慮されてしかるべきです。

他のラインは、弱いなあ・・・・
特に8母音説は、誰も明確な根拠を持っていませんから。

Re: ヲシテ文献と日本書紀の比較
umayado
特別研究員

ひらおか 2007-4-13 11:02:23  [返信] [編集]

学会を突破するメルクマールを整理するのは
建設的かもしれない

思いつくものを上げてみます

●真書としての証拠の積上げ
・3書比較によるヲシテ文献の先行性証明
・古伝承との比較
・考古学との照合
・江戸期以前の写本

●既存学説への反論
・「上代特殊仮名遣説」
・「江戸時代の神代文字、古史古伝捏造」
・「漢字時代・近世の影響と思われる、文法・語彙・文字・書法などの精査」

●保守的アプローチ
・どの時代まで遡りうるか検証

●ヲシテ文献の整合性
・成立時代の姿の再生(底本の確定)
・年齢や年代について
・伝承のルート
Re: ヲシテ文献と日本書紀の比較
mana
特別研究員

真名 2007-4-13 10:53:03  [返信] [編集]

松本、池田先生が、「証拠」を既にかなりつみあげてますよね?
「論文を掲載してくれない」状態では先に進まないです。

というか、日本書紀の記述がヲシテ文献の記述と一部一致し、一部相違することは事実であり、議論の対象ではありません。
したがって、どちらが先行文献であるかを、他の学説(例えば8母音説)ではなく、「記述それ自体の対比」に基づいて議論することは、文献史学者の「義務」です。
日本書紀先行という結論を出した文献対比論文が、存在しないのではないか?
Re: 同音記号
umayado
特別研究員

ひらおか 2007-4-13 10:03:20  [返信] [編集]

すくなくとも、現在の中国において、
同音記号は、正書法に位置づけられていません。
「々」という文字自体がないようです。

先代旧事本紀と記紀を対照すると、
往時にヲシテと漢字が並存していたような
時代の痕跡が残ってはいないものでしょうか。

もっとも、この研究に割く時間が
もったいないのですが。
Re: ヲシテ文献と日本書紀の比較
umayado
特別研究員

ひらおか 2007-4-13 9:51:16  [返信] [編集]

いずれもっと証拠が積みあがり、
真名さんか誰かが、学会に一石を投じるまで、
地道にやってゆきましょう

2000年間の正統性の転換ですから、
憲法改正よりも大変です。
恵まれているのは、戦後、記紀自体の正統性が
ゆらいだことです。
戦前だとやりにくかったことでしょう。

われわれの仕事は記紀の編集者の
ミスあるいは作為を除き、
皇室の淵源とこの国の正史、そしておそらく人の道を
再興することです。
こんな仕事にたずさわれることは、
もったいないことだと思います。
Re: ヲシテ文献と日本書紀の比較
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-4-12 18:11:31  SITE  MAIL  [返信] [編集]

反論できるぐらいに、
勉強している人は、
おそらく、皆無なのでしょう。

あとは、お商売の人ばかり…。
ヲシテ文献と日本書紀の比較
mana
特別研究員

真名 2007-4-12 17:48:29  [返信] [編集]

久しぶりにホツマツタヱと日本書紀の比較を書いておりますが、
日本書紀の記述の脱落ぶりは、ひどいですねえ。
これでは、ほとんどストーリーが読めないはずです。
日本書紀を読んでも、事件の背景も事情も分からないです。
ほとんど、ちんぷんかんぷんの世界になっています。
わかるのは事件の骨格だけですね。

日本書紀は、神社伝承ともまったく整合しない。 

世間では日本書紀の読みくだし文からホツマツタヱを作ったんだろうという意見が大勢ですが、
きちんと両者を比較してそれを説得的に叙述する文章には、お目にかかったことがありません。

私は、具体的な記述の対比の上で、「ヲシテ文献先行」を説得的に叙述する記事を積み上げてきている。
証拠を明示している。

誰か、具体的な記述の対比の上で、「日本書紀先行説」を説得的に叙述できるヤツがいたら、やってみろよ
と私は言いたい。 無理だろうなあ。 
ネットは広いが、誰も反論してこないなー。 つまらん。
Re: ミカサフミとホツマツタヱの同文部分
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-4-11 2:03:05  SITE  MAIL  [返信] [編集]

『フトマニ』で考えなくてはならないのが、
安聡さんの写本を、わたくしたちが未だ見ていないことです。

野々村立蔵さんの写本と、
小笠原長武さんの写本のみを、授かっています。
親本は、安聡本であると思われるのですが、
詳しくは不明です。

小笠原長武さんの写本の時は、明治40年でした。
長弘さんの明治36年、安曇川再訪の時に、
野々村本からの写本のようです。
長武さんの写本は、長弘さんの写本からのまた写本です。
野々村本は、あまり慣れていないヲシテの文字ですので、
どこまでどうだか? が、あります。
Re: ミカサフミとホツマツタヱの同文部分
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-4-10 18:09:43  SITE  MAIL  [返信] [編集]

『ミカサフミ』のヲシテの記述に古形のあることを見られたのはさすがです。
これは、
安聡さんの、写本時期にも拠るのかもしれません。
『ホツマツタヱ』安聡本は、安永4年の自序の年記があります。
『生洲問答』には、安永8年の自序の年記があります。『ミカサフミ』もおそらく、この頃かと思います。熟練の経過と共に、特殊ヲシテの識別文字の数が増加した。
そうすると、『ホツマツタヱ』安聡本は、特殊ヲシテがまだまだ抜けていたことになります。

あるいは、
『ミカサフミ』自体に、古形が備わっていた、事も考えられます。 こうであって欲しいものです、ね。

それで、
『ミカサフミ』の方が、古形が記されていることを、
どう捉えるか?
と言う判断に移ってまいります。
一応二つかと、

そもそも、写本の親本に、古形が有った、それならば、
  1、『ミカサフミ』成立時期に有ったものが、そのまま受け継がれた。

  2、『ミカサフミ』成立時期になかったが、付加されてきた。

2、の場合を想定しなければならない理由は、
[W]ヨ[/W]のヲシテの事があります。
この文字は、『ミカサフミ』にしか出ません。
はたして、ヲシテ時代に溯りうるのか?
世界の世の文字の形に、あんまりにも似ていませんか?
遡及が無理と言うなら、安聡さんの創字ということになります。

また、
『ホツマツタヱ』の後のほうで出る、ホタカミさんの記載での[W]帆[/W]のヲシテも、何だか怪しいと思うのです。ヲシテ時代に遡及でき得るのだろうか?

それというのは、小笠原通当さんの創字の酷さを、見ているからです。

また、
小笠原長武さんは、数詞のヲシテを、整えています。写本の親本以上に整っています。 補おう、修正しようとの意思が働いてくれているのですね。  ありがたいやら…。  ですが。

そんなことで、
同音記号にしても、古来からあったと思っていた写本者は、
同音記号を、親切心で記録します。  もとは、そうでなかっても。

        ・
さて、
『フトマニ』に同音記号が無いことは、良い線かもしれません。
これは、
もっと、積み上げるべき視点かと思います。
他の文献に出る、同音記号を使った言葉で、じゃあ、『フトマニ』では、これだけ、ありませんよ。
と言ったら、かなりの納得させられる根拠らしきものになるかもしれません。 コツコツ、積み上げるしか無いのです。
よろしくお願い申し上げます。
ミカサフミとホツマツタヱの同文部分
mana
特別研究員

真名 2007-4-10 10:26:44  [返信] [編集]

ミカサフミの方が、変形ヲシテ、あるいは納得のいくヲシテが多いような気がします。
ミカサフミの方が古形であると考えてよいでしょうか?

そうであるとすると、同文部分を比較したとき、
ミカサフミの方が同音記号がかなり少なくなっていることは、重要になるかと考えます。
「同音記号は書写のさいに増殖する傾向がある」ことまでは示されるわけですから。

もともとあったかなかったか?については、断定はできないでしょう。
しかし、「書写の際に増殖することはあっても、減った例はない」ということなら、もともとはなかった可能性があるといえるでしょう。

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