ヲシテ文献研究室

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ヲシテ基礎研究

ヲシテ基礎研究スレッド

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1 新しいダウンロードファイル
mana
特別研究員

青木 2013-4-21 11:50:14  [返信] [編集]

研究室内部に、
新しいファイルを登録しました。

「書記システムのFOR理論」

というタイトルです。
2 Re: 新しいダウンロードファイル
umayado
特別研究員

平岡 2013-4-25 21:36:02  [返信] [編集]

拝見しているところです。
青木さんらしい理論ですね。

ヲシテ文献 → 記紀
記紀 → ヲシテ文献

のどちらが妥当であるのかについて、
文献を成立させる特許のようなものを想定して、

どちらの→で、「特許違反」が起きるのか、
ということを明らかにすることで、
元々の文献はどちらだったのかを判別しようというものです。


細部の意図で質問してもよいですか?

おそらく、逆算でこういう切り取り方になったんだと思うんですけれど:

1.「書記システム」という切り取り方

これは、思想の全体像とか、歴史の全体像とか、言語の全体像とかなどではなく、あくまでも、言葉を「書記する」ということに限定された概念。

2.FORという切り取り方

FORそのものは幅広く定義しておく

3.6aにある「互いに排他的なFOR」だけ考えるという切り取り方

その中で、FORaとFORbの間で共通の部分については考えず、また共通でない(排他的な)部分についてのみ注目する。その上で、その全体像を明らかにする事はせず不明部分は無視して、明らかに違う部分のみに限定して注目する。

その結果、FORcがあったとして、FORaとFORbを比較する際に用いるFORの要素と、FORaとFORcを比較する際に用いるFORの要素は異なっていていい。


このような前提でもって、7,9,10を考えればよい。
3 Re: 新しいダウンロードファイル
mana
特別研究員

青木 2013-4-26 15:16:56  [返信] [編集]

青木です。
平岡さん。 どうもです。

○ こういう関係の理論がないみたいなんですね。
  仕方がないので、自分で考えました。

文献の成立年代は、いろいろな根拠で決まるものですが、
  一般理論はないらしい。
  例えば、
書記された媒体とか、筆記手段とか、言語の種類(系統)とか、書記システムとか、内容の突き合わせとか、いろいろあるわけです。
例えばバイブルの成立は、詳しい系統分析があるようです。

○ 1について
 今回は、「書記システム」に絞ることで、話を単純明快にするという意図があります。
 数学と同じように証明を進めることができます。

 「書記システム」という用語自体は、国語学でも一般的なものです。
  これに絞ることで、
  「ヲシテ言語学の詳しい証明」が、そのままで、「記紀との前後関係の証明」になるという構造になっています。
  ヲシテ時代の言葉のルールを明確にすれば、そのまま前後関係の証明に使える。

○ 3について
  はい。
  二つの書記システムの排他的なFORのみを比較することで本証明には必要十分だからです。

○ もちろん、本題である「助詞」等の言葉のルールを明確化するという作業と、その説得力が前提です。  

○ 参考ですが、古事記の成立年代決定の決めてが、「上代特殊仮名遣い」なのです。

古事記の最古の写本は鎌倉時代です。
このため、偽書説がありました。

しかし、古事記に上代特殊仮名遣いがあることが確認され、しかも万葉集の仮名遣いよりも古態であることが確認された結果、成立年代が奈良時代であることが確認されました。

これは、FOR(上代特殊仮名遣い)を駆使した文書作成が、橋本学説以前にはほぼ不可能だからなんですね。

これと同じような方向で考えていくべきだと思うわけです。
4 Re: 新しいダウンロードファイル
umayado
特別研究員

平岡 2013-4-26 16:35:07  [返信] [編集]

ありがとうございます。

そうなると、究極的には、

 ・上代特殊仮名遣い
 ・ヲシテの文字遣い

のどちらが古態であるのか、ということが争点になるということだけれど、その1点には絞らず、「漢文−−→読み下し文」の間に発生する書記にかかわる参照枠と、「(布に染められた)ヲシテ原文−−→漢文」の間に発生する書記にかかわる参照枠の違いや、その残存具合を見極める、という話になる。

これまでは、「上代特殊仮名遣いなどがヲシテ文献にない」=上代特殊仮名遣いの消滅後の成立=ヲシテ文献は偽書、との判断の根拠の一つとなっているが、
 
「上代特殊仮名遣いなどがヲシテ文献にない」=上代特殊仮名遣いを成立させた渡来人の渡来以前

とか、

「記紀の中にヲシテの文字遣いなどの残骸がある」=ヲシテ文献のほうが古い

という風に判断する根拠となる、ということになりますね。


>「(布に染められた)ヲシテ原文−−→漢文」

としたのは、

ヲシテ原文
  ↓
ヲシテ写本

の間に、1700年程度の時があり、書記システムのすべてがヲシテ写本に残存している訳ではない。(例えば、当初の布のものは失われているとか、文字の字形が漢字の影響を受けているとか、もしかしたら文書の行は左から右だったかもとか・・・) 

でも、そういう部分については言及する必要がなく、漢字や上代特殊仮名遣いやその後の書記システムからの影響ではない、ヲシテの助詞の文字遣いと、上代特殊仮名遣いにおける助詞の文字遣いを比較すれば、ヲシテ写本に残存している書記システムからですら、ヲシテ原本の先行性を証明できる。

ということですよね?
5 Re: 新しいダウンロードファイル
mana
特別研究員

青木 2013-4-26 17:03:12  [返信] [編集]

青木です。

ちょっとわかりにくい部分もありましたが、わかる範囲でお答えします。

○ 基本的にご理解のとおりです。

○ 「上代特殊仮名遣い」については、渡来人が書記したことが主原因であることは、むしろ現代では学会でも常識的になりつつあり、大きな障害ではありません。

○ ヲシテ文献の書記媒体等は不明です。
考古学的遺物もいまのところありません。
つまり、通常の史料批判の観点からは圧倒的に不利なのです。

更に、ヲシテ文献内にも、書写時における普通の語彙や言い回しの混入が含まれている可能性が高いです。
国語学者なら、すぐに気がつくようなものです。
これは、一般に「平仮名文献」でも起こりやすいですね。

しかし、
ヲシテ文献に根本的な特有の書記システムのルールがあり、
それが江戸時代の「音韻のヲシテへの転記」によって説明され得ないならば、
ヲシテ文献が先行することが証明されます。

他に後代の要素が混入していたとしても、その点をもって先行性を否定することはできないわけです。なぜなら、後代の要素の混入は、「ある程度は」書写時のミスや思い込み、誤記によって説明がつくからです。

この点で古事記の成立時期の画定が参考になるわけです。
6 Re: 新しいダウンロードファイル
umayado
特別研究員

平岡 2013-4-27 9:36:49  [返信] [編集]

引用:

青木さんは書きました:
更に、ヲシテ文献内にも、書写時における普通の語彙や言い回しの混入が含まれている可能性が高いです。
国語学者なら、すぐに気がつくようなものです。
これは、一般に「平仮名文献」でも起こりやすいですね。

しかし、
ヲシテ文献に根本的な特有の書記システムのルールがあり、
それが江戸時代の「音韻のヲシテへの転記」によって説明され得ないならば、
ヲシテ文献が先行することが証明されます。

他に後代の要素が混入していたとしても、その点をもって先行性を否定することはできないわけです。なぜなら、後代の要素の混入は、「ある程度は」書写時のミスや思い込み、誤記によって説明がつくからです。

この点で古事記の成立時期の画定が参考になるわけです。


結局ここにつきます。

「ヲシテ文献に根本的な特有の書記システムのルールがあり、それが江戸時代の「音韻のヲシテへの転記」によって説明され得ないならば、ヲシテ文献が先行することが証明されます。」

よみがえる日本語で、ヲシテ特有の文法(文字遣い)が存在することが判明してしまった。これが単なる名詞的な語彙に関するものであれば、後世の付加だということはできたかもしれないけれど、国語学者が長年総掛かりでやってわからなかった助詞のメカニズムが内在されていることがわかった。

これを突きつけるということですね。

名詞の語源もの、物語のストーリーもの、などの比較では「創作可能」と反論される可能性があるが、これまで解明不能だったものが解明可能になってしまうとなると、学者であれば認めざるを得なくなる。

このような文献の書記に特有の枠組みのことを 書記システムのFOR と呼んでいると。
7 Re: 新しいダウンロードファイル
mana
特別研究員

青木 2013-4-27 9:54:47  [返信] [編集]

そのとおりだと思います。

真理はシンプルなものです。

しかし、広く一般に提示するにあたっては、
「議論の拡散」「議論のズレ」を防止するために、
議論の枠組みを与えることが必要です。
その枠組みがFOR理論です。

証明の鍵は、もちろん、
ヲシテ時代の言葉の解析につきます。

8 Re: 新しいダウンロードファイル
umayado
特別研究員

平岡 2013-4-27 12:22:06  [返信] [編集]

その結論へ向けて、

まず、7の「英語の直訳文」とは何なのかによって、FORを使った先行文献判別理論のイメージをもたせ、

9、10によって、FORを使った先行文献判別理論の妥当性を検証し、

その上で、11によって、本題の証明を行う

ということなのですね。


ヲシテ言語学の発見によって、
「先行するイメージの重要性」というのがある意味で理論化されるのだろうと思います。

従来の論理学では、自明の論理・公理からスタートしなければなりませんでしたが、まず、イメージを共有して、そこへ向けて論証していく、というのが、ヲシテ論理的ですね。
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1 言語学徒の「よみがえる日本語」評
umayado
特別研究員

ひらおか 2009-10-24 21:15:43  [返信] [編集]

友人から、うれしいメールをもらいました。

名を伏せて、紹介させていただきます。

引用:

 興味深く拝読しました。

 順調に進めば、日本を変える力となりうると感じました。
 
 ご著書での主張が社会的に認知されることになれば、日本そ
のものに対して、あるいは国民一人一人に対してまで、影響が
及ぶ可能性があると思います。例えば私の子供が学ぶ小学生の
教材にも、日本語学校の学生の学ぶ日本語教科書の内容にまで
も及ぶ影響です。


 ご著書です。

 本書の主眼は、結論に至った綿密な検証作業の掲載よりも、
むしろヲシテの言語学的な特徴を、広範な層の読者に対して周
知することを、編纂の方針としていると理解しています。つま
り、ヲシテが表意文字でありながら、表音文字であること、「
日本語の言葉の意味と成り立ち、そして文法がヲシテによって
説明できる」こと、「ヲシテの意味や特徴」などの概略の紹介
、ということです。

 以上の目的は、十分に達せられていると思いました。私は続
編を読みたいという気持ちになっています。


 拝読して感じたことはいろいろとあるのですが、以下は一言
語学徒としての感想に絞ろうと思います。一番興味深く感じた
のは、ご著書の内容がソシュール以降の近代言語学の前提に対
して、真っ向から挑む部分を持っていることです。


 まず、恣意性についてです。

 ソシュールは意味と形式は恣意的である、としました。ワン
ワン鳴く四足の動物と、/inu/ という音との間に必然的な結び
つきはない。「犬」をさす語は所変われば皆変わる。各国語で
好きなように名付けていて、そこに相互の相関はない。

 オノマトペ等はその例外として除かれましたが、それ以外の
単語などに対して、オトと意味の相関を積極的に認める言語学
者は、まずいないのが現状だと思います。

 11章の助詞のところで、を・の・と・も・よ・ぞ・こそ、な
どが全て「オ」で終わることが示されていましたが(興味深か
ったです)、こうした研究は、現在の言語学では生まれる素地
が無い様に思いました。音と恣意性が前提となるからです。レ
イコフに始まる認知言語学などから、恣意性に対する疑問(反
論に近いものだったと思います)は生まれていますが、個別言
語学からそれを言っている人は居ないんじゃないのか、と思い
ます。

 オノマトペにはオトと意味との相関を認め、それ以外につい
ては恣意的とする現在の言語学の常識は、私には不自然に映り
ます。そもそもことばがどのように生まれてきたのか、連続的
な世界を切り取る作業と、音分けが、どのように行われたのか
、ということは動物言語学者?の方々を含め、全ての言語学者
が答えを出せずにいる根源的な問題だと思います。その部分に
、ヲシテがズバッと一般言語学的な事象から切り込んでいる図
式を非常に新鮮に感じました。

 ヲシテは表意文字でありつつ、表音文字である、ということ
は、オトと意味の相関があるということの証左となります。そ
れによって、ソシュールに始まる近代言語学の常識は覆され、
大きな修正と共に、大きな進歩と、大きな新しい研究の地平が
広がることにつながってゆくと思っています。プロジェクトが
進み、仮に我が国の音分けのメカニズムのようなものまでもが
わかるとすれば、我が国の根本までもを知ることができます。
また仮に、文化による音分けの傾向が分かるとすれば、何と興
味深いんだろうと思います。

 ただ、今回のご著書は、冒頭で述べたとおり、例えば言語学
者などに対する詳細な検証課程の提示ではなく、ヲシテの言語
学的な特徴の広範な層に対する周知が編纂の主眼であると思っ
ています。


 次にもう一点、ソシュール以降の言語学との対立点を書きま
す。「ヲシテ図象が造語器として働いている」という点です。

 「ヲシテは語彙の源泉であり、文の源泉でもある。語彙も文
もヲシテから湧き出してくると言うことだ。」と8章に有りま
す。字義通り取るならば、文字が先にあり、ことばがあとにあ
る、ということになります。

 文字の唯一の存在理由は言語を表記することであり、言語学
の対象は、書かれた語と話された語との結合ではなく、はなさ
れた語が対象である。これがソシュール以降、現在の近代言語
学の常識となっています。つまり言語はオトであり、文字では
ない、文字は言語学の対象ではない、となっています。

 これに対して現在の私は、妥当な判断であると考えています
。つまり、ことばの源泉はオトから生まれるのではないか、文
字は後から生まれたのではないか、特に識字率が極めて低い社
会の中では、ことばや文法は人々の自然発生的なオト(会話な
ど)の中から生まれるのが自然ではないか、ということです。

 概略の紹介という、ご著書の性格から、記述の背景などにつ
いても続編を読みたいと思いました。


 以上、言語学徒としての感想として申し上げます。

 重ねて書くと、プロジェクトが進行し、我が国の元々の姿が
浮かび上がってくるならば、それは何にも勝る慶事だと思って
います。そのコトの大きさを考えると、政権交代なんか、屁み
たいなことに思えてきます(笑)。

 私が学校で学んだ日本の歴史は、苦痛でした。例えば、日本
の古代にあまり主体性は感じられません。受動の歴史と言える
ように思います。

 しかし長じて後、自分なりに歴史を調べなおすと、私が「日
本軍が自分の正当性の主張のために改竄した」と高校で学んだ
好太王碑は、日本軍の到達前に取られた中国の拓本によって史
実であることが、明らかになる。朝鮮半島における多くの前方
後円墳の存在。朝鮮の三国史記における、夥しい倭の進攻の記
述(逆の記述はない)。ほか多くの事実が、私達が学んである
古代の日本の姿が、事実とは異なっているのではないか、と思
わざるを得なくなりました。

 古くから大陸と主体的に深く関わっていた当時の日本が、文
字を長く持たなかった、と考えることのほうが、私には不自然
に感じます。平岡様、皆様のエネルギーと情熱に対して、頭が
下がります。



よみがえる日本語 ことばのみなもとヲシテ
   青木 純雄・平岡 憲人 (著), 池田 満 (監修)
   明治書院
   http://www.amazon.co.jp/dp/4625634075/

   http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4625634075_1.html
   http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0262563407
   http://www.bk1.jp/product/03121180
   http://www.honya-town.co.jp/hst/HTdispatch?isbn_cd=9784625634079
   http://www.boople.com/bst/BPdispatch?nips_cd=9984499014
   http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/32245608
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1 「つかさ美人4コマワールド」さんが「よみがえる日本語」を紹介して下さいました
umayado
特別研究員

ひらおか 2009-9-23 8:21:59  SITE  [返信] [編集]

「​おいおいトシさん 新撰組」
​「警視正 中務義人」
​「おてやわらかに」
​「花のお江戸のお夏ちゃん」
​「追跡捜査官 ハル」
​「てつがくのみち」  ​ などを連載されている

4コマ漫画家の「つかさ美人」さんが、
「よみがえる日本語」のことを、マンガにして下さいました。

  http://blogs.yahoo.co.jp/tetsugakun2009/20583760.html


こども孔明が、「よみがえる日本語」にチャレンジしています。


引用:
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1 「よみがえる日本語」が「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」に
umayado
特別研究員

ひらおか 2009-9-15 22:15:56  [返信] [編集]

「よみがえる日本語」が、政治メルマガ、ナンバー1の
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」に書評がのりました。

引用:

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
      平成21年(2009年)9月12日(土曜日)貳
         通巻第2709号 
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

(略)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ☆書評☆ ブックレビュー ☆BOOKREVIEW ☆書評☆
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  ◎
  青木純雄・平岡 憲人著 池田 満監修
   よみがえる日本語―ことばのみなもと「ヲシテ」 明治書院
     http://www.amazon.co.jp/dp/4625634075

 明治維新の原動力である国学は、「神皇正統記」を出発点に、水戸学そして本居宣長の「古事記伝」により、集大成された。漢字・漢学という「からごころ」を去り、この民族が本来大切にしてきた「やまとごころ」に立ち戻ること、このことが、明治を革命ではなく「維新・復古」の運動にしたのであった。

 しかるに、明治維新は半ば維新であり、半ば革命となってしまった。その理由は、正史の日本書紀が漢文であったのに対して、大和言葉で書かれているがゆえに聖典視されるにいたった古事記に、致命的な問題があったからであろう。

 江戸時代半ば(1770年代)に、ひとつの古文書が見つかっている。その後も、陽の目を見ず、ようやく昭和41年になって、一般の目にふれるようになった。捏造された神代文字の一種とみなされている秀真文字(ホツマ文字)で書かれた「ホツマツタヱ」がそれである。全文五七調の長歌でつむがれたその文書の価値は、その文書を一言一句、古事記・日本書紀と精密に対照することで浮き上がってきた。記紀の原書だという価値である。

 さて、本書は、荒唐無稽なこの話に、別の角度から学術的な光をあてるものである。秀真文字(ホツマ文字)、この本では「ヲシテ」と読んでいるこの文字は、東洋の「ロゼッタストーン」なのではないか、という光である。

 日本語の起源には、様々な説があるが、ようするに「よくわからない」ということがはっきりしていることである。逆に言えば、慣習的に成立した言葉、それが日本語であるということである。しかし、中華の圧倒的な影響、仏教の圧倒的な影響、そして西洋の圧倒的な影響を受けているにもかかわらず、どうも、この国の言葉に、決定的な構造変化は生じていないようである。日本語に文法書らしきものが成立するのは、なんと江戸時代である。それまで、われわれは文法書もなく、言葉を駆使してきた。いまもなお、学校文法で言葉を考えている人は、一部の専門家をのぞき皆無である。

 ヲシテという「ホツマツタヱ」を記述している「文字」を精密に調べたところ、こんなことが分かった。
 −日本語(大和言葉)の意味が、ヲシテの「字形」で説明できる
 −文法(活用・助詞など)が、ヲシテの「字形」で説明できる
ということであり、「ホツマツタヱ」のほぼ全編が、ヲシテの「字形」のみで読み解けるという発見である。空前絶後の「文字」である。

 これまで、漢字熟語の意味は分かっていた。しかし、「公」と「ヲヲヤケ(おおやけ)」がどう違うのかとなると、突然わからなかった。「心」と「ココロ」の違いも分からない。漠然と同じだと思っているだけだ。しかし、国際社会ではそれでは通らない。漢字は中華のものであり、解釈権は向こうにあって、こっちにはない。同じなら問題を生じないが、実際、別物なのである。例えば「公」は「私欲」の調整である。しかし「ヲヲヤケ」の中には「ワタクシ」はない。「会社のものはおれのもの」が「公」。「公私混同はダメ」が「ヲヲヤケ」である。似ているようで全然違う。道理で、かの国とは話が通じないわけなのだ。

 この国際社会にあって、そして、勃興する中華帝国の門前にあって、我々は早急に、我々のエトス、思想を、解き明かさなければならない。

 その暁光が現われた。日本語というわれわれの宝を読み解く鍵、ヤマトという文明への切符、それが「ヲシテ」である、とこの本は主張する。圧倒的な事例と精緻な論理によって。

 本居宣長が遣り残した仕事、中途半端に終わっている明治維新を補完する仕事。「ヲシテ」は、亡国間際なこの民族のインテリに「ヒノモトのトミ」への覚醒を求める書である。

紹介
  「博士の独り言」の書評
   http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-2650.html
  「夕刊フジ」の書評
   http://woshite.mond.jp/labo/modules/bluesbb/thread.php?thr=502#p4586
  「日本語の世界に一石を投じ、わたしたちはどこからきたか
   を知るてがかりにできるだろうか」
   http://nessuno.air-nifty.com/recente/2009/06/post-679b.html



引用:
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1 紹介「よみがえる日本語」ー博士の独り言ー
beace
特別研究員

さかた 2009-9-23 6:25:26  [返信] [編集]

政治ブログでもトップの「博士の独り言」さまが、
本日「よみがえる日本語」の読後感を記事になさっています。
とても嬉しいことです。
http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-2650.html


▼引用ーここから
 今般、表題の一書を手にさせていただき、
日本語の本質と起源をヲシテに尋ねることができ、
そこにまた、日本と日本人の起源に思いを馳せる思いである。
推定される年代の深さと、文字個々に観られる比類無き日本人の知恵と品位に、
日本人の誇りを強くする次第である。

ご専門諸兄のますますのご活躍と、
このヲシテ文字の存在がより広く識られ、
綴られる文献が意味する深い日本と日本人の存在意義が、
現代に想起されることを願う1人である。▲ここまで

ほんの一部だけを転載させていただきました。

博士は体調を崩されているようで心配です。
すみやかなご回復をお祈り申し上げます。


「よみがえる日本語」は、こちらから。
http://www.amazon.co.jp/dp/4625634075/
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