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ヲシテ基礎研究

ヲシテ基礎研究スレッド

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Re: 質問に答えて 出雲のカミさまは?
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-9-20 18:41:14  [返信] [編集]

出雲大社は、近々に言われるようになった、
通称です。
歴史を溯って時の政府の、信頼の置ける、
調査が終えた後の書物の『延喜式』(約千年前の調査報告書)には、
「杵築大社」
として、記載が成されています。
     ・
ちょっと手間ですが、
何を根拠にしての、話であるか?
このことは、
外す事が、迷妄の入り口になってしまいやすいので、
ご注意のほどを!
     ・
さて、
『延喜式』 にある、
「杵築大社」、現在では‘出雲大社’と、
呼ばれています。
摂社は、17社。  末社は6社あります。
その、摂社のうちに、「素鵞社」があります。
この、摂社は、延享5年の造営であったと、『式内社調査報告』に、ありました。
延享5年は、西暦1748年、江戸時代の中期ごろですね。
で、
どれ程の、太古に溯れる、摂社であるかどうか?
この、「素鵞社」は?  ということだと思います。
本当に古くから存在する摂社は、『延喜式』に記載されていても、
おかしくないのです。
ちなみに、『延喜式』「杵築大社」には、
同社にあり、として他に、5座の、
神社が記載されています。

と言う事からしましても、
どれ程の、太古に溯れる、摂社であるかどうか?
この、「素鵞社」は?  ということだと思います。
つまり、さらに、詳しい調査を必要とすると、
わたくしは、考えるわけです。
     ・
詳細な、事々において、まだまだ調査を進展してゆかなくてはなりません。
その、調査の、
根拠について、 これは、
冷静な「身体検査」を積み重ねる必要があると、
かねがね、思っております。

なぜならば、
‘日本’の国家の礎(いしずえ)を、築きなおそうと、
この、こころざしにおいて、
仕事を進めようとしているからです。
質問に答えて 出雲のカミさまは?
beace
特別研究員

さかた 2007-9-20 13:33:22  MAIL  [返信] [編集]

不思議な言い伝えが、地元にあります。
出雲大社の後ろの大きな岩には、
もっと古い、元のカミさまが宿られている・・・と。

毎年節分の日には、地域の人たちは、三々五々、
出雲大社の後ろの、ソサノヲさまを祀る、ほんとうに小さな「素鵞社」にやってくるのです。
手に手にお豆や海の砂を持って。
その光景を、
作家の田口ランディーさんが『聖地巡礼』という、エッセイに書いておられました。

引用:
 例の場所。そこは私にとって特別な場所だった。
出雲大社は禁足地である山を背負うようにして建っている。
大昔はきっとこの山そのものが御神体だったのだろう。山は本殿の北側に位置する。
その山との境界地点に素鳶社(そがのやしろ)がある。
小さな古びた社である。本殿の豪華さとは比べ物にならない。
ところが、初めて出雲大社を訪れた時に、Sさんが「神さまはこっちにいる。古い神さまがこっちにいる」と言ったのだ・・・中略

・・・いきなり神社の裏に回る人はそうそういない。そこは本当にただの露出した山の岩肌なのである。
だが松村さんは「ここですね」と言う。・・・中略

 二人で岩の前に立っていると、おばあさんが1人、節分の豆をもってやってきた。
そして、その節分の豆を岩に向かって投げ、自分の肩の後ろに投げ
「鬼は外、福は内」と唱え手を合わせる。
どうやら地元の方らしい。
私はびっくりして、思わずおばあさんを呼び止めた。
「あ、あのお、どうしてこの岩に向かってお祈りしたんですか?」
おばあさんによると、地元の人々の間では、
この岩は特別な力を持った岩として信じられているのだそうだ。
歯痛を治したり、願いをかなえてくれるとおばあさんは言う。
だから出雲近辺では、この岩に節分のお参りをする人も多いとのこと。

 そうこうするうちに、今度はビニール袋に砂を入れた男性がやって来た。
見ていると、その砂を素鳶社の床下にざらざらとあけて、床下にある別の砂をビニールに入れて
持ち帰ろうとしている。私はさらにびっくりした。
「あの、その砂、どうなさるんですか?」
男性によると、毎年、海から砂を運んで素鳶社の床下に1年寝かせる。
その砂を1年後に持ち帰り家の周りにまく。
するとその家は「出雲屋敷」というものになり、方角の悪さなどから守られるのだそうだ。

 その後も続々と地元の人がやってきて、岩に向かって豆をまきお祈りをしていく。
奇妙な光景だった。みんな狭い神社の裏側にカニのように横歩きしながら回り込んで来る。
しかも、雨の中を・・・。
「地元の人はみんな知っていたんだね」


出雲大社は、国譲りで有名なソサノヲさまの御子の大国主命をお祀りしているのですが、
これは記紀神話を元としているのは言うまでもありません。

でも・・・オオクニヌシ(ヲヲコヌシ)さまとは、ソサノヲさまのお孫さまのクシヒコさまで、
三輪山に鎮まられ、カミヤシロは大神神社なのですけれど?

「国譲り?」をなされたのは、
そのお父さまのオオナムチ(クシキネ)さま、初代オオモノヌシ。

それも、ソサノヲさまから受け継がれたクニがとても豊かになって、心が驕られたのでしょうか。
朝廷を軽んじたいろいろな振る舞いがあり、ついにとがめられ役職も罷免、追放されたのです。
けれど邪気はない方で、御子のクシヒコさまの助言に従って、ただちに恭順の心を示されたので、
滅ぼされることなく辺境の津軽への国替えとなりました。

ですから国を譲ったのではないのですよね。
罪とされたけれど減刑されて、辺境の貧しい地に移された。
これが、真相なのです。

それからのオオナムチさまは心を励まして、熱心にその地を治められ、
その地はそれはそれは豊かになったそうです。

オオナムチさまはそれでも、自分のどこがいけなかったかが、
本当はわかっていらっしゃらなかったんですって・・・
でも、とにかくヲヲヤケに逆らってはならないと、
息子である、後のヲヲコヌシ(漢訳・大国主)さまに諭されて、まことに素直にそうなさった。
そこが、なんだか微笑ましくも人間らしいなと思いました☆

そして老齢になられてからやっと
「ススカノミチ」の教えを聞いて、
自分の間違いを悟られたのだとヲシテは記しています。

これは、現代の風潮にも当てはまっていますね。
「トミ ガレ」と記されるそれは、豊かになればそれが一番・・・
ただただ物質的なものを尊び、誇り、それを楽しむあまりに心が貧しくなるということでしょうか。
これって「ケ ガレ」なのですよね。

モノに執着するあまり
「トノヲシテ」で表される、瑞々しい心、
人を思いやる心が、枯れていってしまう、
それが「トミ ガレ」なのだ。
そのことをやっと悟られ、長生きなさったオオナムチさまは、
(ツ)カルキミとか、カルキミ オキナ、また、
「ウツシ クニタマ」という象徴的な御名で称えられるようになりました。

そして前にも書きましたように、死後は岩木山に葬られ、祀られるようになったのです。
カミヤシロは今の岩木山神社で、主祭神は今も、ヲシテにある通り、
「ウツシ クニタマ」であることが、とても嬉しく思われます。

土地に伝わる伝承は、やはり、ヲシテの記述を示唆するものがありました。
   ・・・昔、大己貴命(=顯國魂神)が、この地に降臨し、
   180人の御子を生み、穀物の種を蒔いて、子遊田と名づけられた。
   その田の中で、白く光る沼があり、田光沼(たっぴぬま)と言った・・・以下略



さて、出雲の地は、
このオオナムチさまや、その御子のヲヲコヌシ・クシヒコさまを奉っているのではない。

やはり、その父ギミ「ソサノヲ」さまをお奉りしていたのではないか?
それ故に、記紀に準じて神社を建て大国主命を奉った後でも、
この土地には「もっと古い、もとの神さまが鎮まっておられる」との伝承や、
それに基づいて「素鳶社」を尊ぶ風習
が生まれたのは、
とても自然なことではないでしょうか?

歴史の一部になっている今の神社のその前の、
古い古い記憶は、形を変えて
今も私達の心のうちにしっかりと根づいているのでしょうね。

【オマケの追記】
大国主と漢訳されてしまったクシヒコさまは、歴代アマカミの信頼も篤く、素晴らしいお方でした。
なにしろ、アマテルカミに「ヒノワ ワケミ」・・・自分と同じお日さまを分け合ったタマを持つ・・・という、
これはもう、最上級の褒め名を拝領されています。

他にも、若い頃の役職名としてコトシロヌシ。
後に父のオオナムチさまの役職を受け継いで、2代目のオオモノヌシとなられました。
他の称え名は、ヤマトノカミ、ヲコヌシ、ヤマトヲヲコノミタマカミ、などなど。
どんなにお偉い方であったか、これからも解るのですね。

アマテルカミのお手ずから、古いカンタカラの「サカホコ」を授けられ、
後には、死したあとも世を護らんと、
そのサカホコを携えてミモロヤマ(三輪山)山中の洞に入り、祈りつつ入寂(カミ上がり)されたそうです。
質問に答えて 熊野とソサノヲさま
beace
特別研究員

さかた 2007-9-14 21:08:40  [返信] [編集]

日本ヲシテ研究所には、皆さまのご質問などが寄せられます。
基礎知識としては、大事なことも多いため、
時折は、こちらでもお返事を公開していこうということになりました。
お読み頂ければ幸いです。

引用:
スサノヲノ命と熊野との結びつきを知りたいのですが。
例えば、熊野大社のご祭神がそうですよね?
他にもいろいろな所に鎮座されているようですが、
結局どこが、スサノヲノ命の本座だと思われますか?

また、近くに那智大社があります。
スサノヲノ命との関係はあるのでしょうか。



まず、お名のことですが、サノヲと記されていますのは、ヲシテ文献の内、ただ1例のみにて、
他は例外なくサノヲと書かれております。
また、熊野はソサノヲさまよりも、
母ギミ・イサナミさまに深い由緒のある地方なのです。

古代は紀伊半島南部を「ソサ」といいました。

この地にイサナギ・イサナミさまが移られて、
長子で、他所でお育ちであったヒメ御子、ワカヒメ(ヒルコ)も、
晴れてご両親の元(アメ・朝廷・・・この時はソサにあった)に迎えられることとなりました。
ヒメはお産まれの時期が悪かったために、右腕であるトミのカナサキ(スミヨシ)さまにあずけられて、
いまや立派にご成人なされたのです。
そして以後は、アマテルさまの妹としての身分で遇されることとなりました。

そして、その花の季節に「ソサにて」お産まれになったのが、
三番目の皇子ソサノヲさまでした。
花はタチハナ、すなわちイサナミさまがキシヰにお植えになったという橘です。
ソサノヲさまのイミナ(実名)はハナキネさまになりました。

ちなみに、九州・ツクシ(ツキスミ・・・西にあって月の住むところ)でお産まれになった
2番目の皇子はツキヨミ(モチキネ)さまです。
イミナは、モチ(満月)の夜にお産まれだったからでしょうか。
・・・それとも、日の皇子のアマテルさまとの対比を強調しているのでしょうか・・・でも、なんだか素敵☆


さて、現在のクマノ(熊野)という地名は、
ヲシテ文献によれば、熊野本宮の成立由緒によるものと思われます。
クマノミヤがあったから、クマノと言われるようになったのですね。

そのクマノミヤ。

実はイサナミさまが、
幼いソサノヲさまの粗暴な振る舞いの本態である「クマ(心の病)」から、
その災いを民に代わって一身に受けようとて建てられた「カミヤシロ」だったのです。

後にソサノヲさまの火いたずらから山火事になり、
それを鎮めようと祈っておられたのもこのクマノミヤ。
そして火に巻かれ亡くなられたのもこのミヤであったと書かれています。
葬られたのは、今の花之窟神社であるということです。

幼いソサノヲさまは、その後この地で、姉君ヒルコヒメに育てられました。
ヲシテ文献のうち、ホツマツタヱのハツには、
優しい姉ギミに、熱心にワカのマクラコトハについて質問されるお姿があります。
どうぞ、原文でお読みになって下さいませね?

以上のことを勘案すれば、
クマノミヤ(熊野大社)は、本来は、
イサナミさまのカミヤシロではなかったでしょうか?
少なくとも、イサナミさまを主に、そして脇祭神にソサノヲさま・・・
その方が、ふさわしいと思うのですが。

では那智大社はといえば、
これはクマノクスヒ(ヌカタダ)さまのミヤなのです。

このお方は、アマテルさまの皇子のお1人です。
母上は九州の豪族、カスヤさまの娘トヨヒメです。
ヌカタダさまは、成人の後、お祖母さま(イサナミ)ゆかりの、
大事な地「ミ クマノ」を治めることとなりました。
この詳しいことは、池田満著「縄文人のこころを旅する」に、丁寧に書かれております。
お祭の御輿なども、古式豊かに、ヲシテ文献に書かれているのと同じです!

ソサノヲさまの本座といえば、
まったくの私見ではありますが、やはり出雲大社(旧名・杵築大社)ではないでしょうか?
文献から言えば、私にはそう思えます。
成人なさり、罪科の汚れを償い、祓われたソサノヲさまが、賜った地であり、
イツモという名もソサノヲさまが付けられたのですから。
このミヤが杵築大社となりました。

  そういえば、出雲大社の真後ろの盤座(イワクラ)前に、
  素鵞社と呼ばれるカミさびた小さなヤシロがあり、
  もちろん今もソサノヲさまを祀っていますね。
  で、土地の方々は、なによりこのひっそりと鎮座するヤシロと、
  後ろにあります「盤座」を崇めているようです。

このカミヤシロ(杵築大社・出雲大社)を祀るお役目は、
やはりアマテルさまの皇子の1人である、
ホヒ(タナヒト)さまが受けられ、
以後このご家系が世々にわたって神官となられております。
このこともヲシテ文献に記されております。
ソサノヲさまの別名
beace
特別研究員

さかた 2007-9-14 20:43:22  [返信] [編集]

池田先生が、ブログに書かれております。
http://wosi.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_f79f.html

まだお聞きしていないのですが、スサノヲの「スサ」は、
荒む(スサム)とか、凄まじ(スサマジ)とかの言葉に関係があるのでしょうか?

自分の悪戯が、母ギミを死に追いやってしまった。
どんなに、優しい姉のワカヒメに慈しまれても、心の奥底にそういう悔いのお心があったと思われます。
その負い目が表に現れたのかもしれません・・・


ソサノヲの他に、多い別名はサスラヲです。
もちろん、追放されたソサノヲさまのこと、悪い意味をふくんだお名なのですね。
Re: たらふいのちは まとかなりけり
ebisu
特別研究員

合田 2007-9-13 21:39:01  MAIL  [返信] [編集]

池田先生、さかたさま
ウタをおとり上げくださり
また、過分のお言葉を頂きまして 有り難うございました。

天候に恵まれ、素晴らしい皆既月食を みることができました。
脱皮したような 月食後の満月も・・・
得がたい経験でした。

生まれて初めて見る完全な月食に見とれて、
とりとめも無く
過ぎ去った日々やなつかしい人たちのことを思い出しておりました。
幼い自分、若かった父母・・祖父母・・・
お乳を一杯のんでは眠り、
なんの夢をみているのか、ふっと笑っていた赤ん坊・・・
いのち の不思議と、生かされているありがたさ・・・

ウタ という ウツワ のちから、
やまとことは の底力、  
日本にうまれて、しあわせだ、と心から思います。

さかたさまに このウタを好いていただいて、
子供をほめられたようにうれしく、
また面映い思いでいっぱいです。有り難うございました。

Re: たらふいのちは まとかなりけり
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-9-13 18:10:03  [返信] [編集]

富永仲基の、
分析によれば、日本人の特質は、
「絞」にある。
と、しています。
わたくしも、同意するものです。
「絞」とは、真面目で、真実を求め愛し、自らの心情に最大の価値を認める。 と、いったように、私は理解しています。

『出定後後』の「神通 第八」に出ます。
Re: たらふいのちは まとかなりけり
beace
特別研究員

さかた 2007-9-13 11:53:45  [返信] [編集]

今日になって、またおウタを読み・・・思うこと。

何のことを詠んでおられるのか、どういうお気持ちだったのかを知ることは大事かも知れないけれど・・・
それにもまして、調べの美しさに心引かれるものですね。

意味は良く解らないけれど、でも・・・なんとなく判る。好き。美しい。

そういうことどもが、ヤマトコトハ、ヤマトのウタの素晴らしさかと。
コトハの「音」というものの持つチカラを感じるのです。

魔除けに詠むという、32字のおウタのことや、
逆らうことの出来ない「マワリウタ」のことなども、連想して楽しんでおります。

Re: たらふいのちは まとかなりけり
beace
特別研究員

さかた 2007-9-12 17:16:27  [返信] [編集]

なるほど「やまとことは」の底力かも・・・不思議ですね。
先に池田先生のおっしゃったことが忘れられません。

コトハを作っている字は、それぞれがまわりに磁場のようなものを持っていて、
それが人の想いによって、引きあってくっついたり、また反発したりしながら、
新しいコトハが生まれていくのかも知れない・・・
そのようなお話だったでしょうか。

まことに世界に類のない神秘な力を
「やまとことは」は、今も持ち続けているのですね。
Re: たらふいのちは まとかなりけり
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-9-12 16:21:10  [返信] [編集]

ヲシテ文献中に、
「たら」の言葉は、ありますが、
「たら ふ」と、熟す言葉は、実のところは、
類推新調の言葉ですから、難しいのだと思います。

読んでみますと、なるほどと、
思うのですね。「たら ふ」も。
不思議なことです。
‘やまと ことは’の底力ではないでしょうか?
たらふいのちは まとかなりけり
beace
特別研究員

さかた 2007-9-12 15:41:10  [返信] [編集]

池田先生のブログにアップされました、合田さまの美しいおウタ
まず、いかにも女の方らしいおもむきの、調べの麗しさに心を打たれました。

先月の皆既月食によせて。

  ひのひかり つきのあかりに
  てらされて たらふいのちは
  まとかなりけり

引用:
ヲシテ文献に、親しんでおいでの方には、
解かるウタだと思います。

と、先生は書かれましたが・・・いや、どうして。。。(^_^;)

特に「たらふいのちは」が、私にとっては難しかったです。

たぶん・・・
「イノチ」というものは、父(タ)と母(ラ)によって、
父はヒノヒカリ、すなわちヲのエネルギーを、
母はツキノアカリ、メのエネルギーを
共に受けることにより、胎内のコタネの中に宿る・・・
なんと不思議にも麗しく「マトカ」であることか。

そういうことを、うたっていらっしゃるのではと思います。

あの、神秘的な月食をごらんになりながら、
生命の不思議さ、そして素晴らしさに心をはせておられた。

月と太陽の織りなす光りは、ご自身をも照らし、
ご両親への想いは繋がって、はるかなる光輝に満ちた祖先の世をも想う・・・

また「まとか」というコトハは、
宇宙的に、大きな、そして悠久の、暖かさを持っています。

マ・・・宇宙のエネルギーが降りて、行き渡る感じ。
ト・・・それがしっかりと、この世で確立されて現れる・・・→例「トノヲシテ」
カ・・・そして、現れたもののエネルギーは、光り輝きながら伝わっていく・・・

なんとも、素晴らしいおウタでした。
合田さま、
有り難うございました。
ヲシテのフォントのバージョンUP 
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-8-12 16:58:35  [返信] [編集]

一年ぶりに、
フォントのソフトを触っています。
だいぶ思い出してきました。
また、
昨年よりは、パソコンにも慣れました。

いろいろ、
修正箇所を、お知らせください。
より良いものにしたいと願っています。
『フトマニ』の写本の経路
ikeda
主任研究員

ikeda 2007-6-18 10:24:28  SITE  MAIL  [返信] [編集]

『フトマニ』の、詳しいヲシテの仮名遣いについて、
考える時、
写本の経路が、ひとつのポイントになります。

今、
私たちに授かっているのが、
「野々村立蔵本」と、
「小笠原長武本」の二種類だけです。

さて、ここで問題なのが、
「野々村立蔵本」のヲシテの使い分けは、
そんなに良くは出来ていない事があるのです。
一方、
小笠原長武さんは、他の写本で見まして、
かなり手馴れておられます。

そこでなのです。
小笠原長武さんが、
モト本の「安聡本」(おそらく)を、見ているかどうか?
ここの、ところの有り無しに大きく関わるのです。
つまり、
小笠原長武さんが、モト本の「安聡本」(おそらく)を、見ているとすれば、信憑性に篤いヲシテ使いであると、判断できます。

さて、
どうでしょうか?
Re: 富永仲基が
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-5-27 1:02:41  SITE  MAIL  [返信] [編集]

おっしゃいますとおり、
われわれ、ヲシテを知るもの、のみが、
仲基の価値を、さらに深く解かる事になると思います。
つまり、
文明の衝突、その後…。 
   その、解明です。

銀河宇宙の、ふたつが衝突した写真をアメリカで以前に公開していたのを思い出します。

日本は、三つが衝突したわけです。 複雑です。
『出定後語』24章には「三教」を論じています。
素晴らしい視点です。
彼が、どんな頭をしているのか?
これが、30歳の時の著作ですからねー。
あと、せめて10年、生きていてくれていたら、
と、
いつも、思います。

文明の衝突のその後についての解明のプロセス、先駆です。

   ・

ただ、
仲基の日本理解が、
ヲシテ文献の発見以前と言うだけが、瑕疵になります。
それを、私たちが補足・補填してゆくべきなのでしょうね。

ヲシテ文献の、国史としての発見後に、
さらに生命を保ちうる研究は数少ないですが、そのうちのひとつが、『出定後語』ですね。

富永仲基が
mana
特別研究員

真名 2007-5-26 22:16:28  [返信] [編集]

「江戸のダイナミズ」で取り上げられていました。
しかし、とっかかりだけでしたね。 

西尾幹二の論述によると、「大乗非仏説」ではないと。
これは正しそう。

また、いわゆるロンドン仏教的な西洋文献学の結論、そして現代仏教学の常識を「先取り」したという見方については、一面にすぎないという論述でした。
これも正しそう。

それでは、富永仲基とは何ものなのか?加上とは何なのか?という問題については、
西洋的な文献学とは異なる視点から見るべきだという「問題提起」にとどまっているようです。

加上とは、ヲシテを喪失して、自らの世界を規定する言葉を喪失し、無意識化してしまった我々日本列島の民が、
様々な外来思想を取り入れながら無意識の行動原理に則して改変、改造し、地層として積み重ねていく、
そのあり方を説明する唯一の学問ツールでしょうか?
Re: 添意のこと、構文の事、文体の事
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-5-19 23:44:00  SITE  MAIL  [返信] [編集]

それは良かったです。
運命の開ける文法です。
まさに、‘やまと ことば’の真相です。

明治以降の、コピー文法は酷いものです。
敢然たる新規軸、‘やまと ことば’が輝きます。
Re: 添意のこと、構文の事、文体の事
beace
特別研究員

さかた 2007-5-19 22:54:40  [返信] [編集]

やっと古書で浅野先生の文法書を手に入れました。
発想論、語法論、文体論、文章論の4巻です。

以前に「日本人はどんな文をつかっているか」が、大変面白く、長年のもやもやが解ける思いが致しまして、もっと勉強したくなり入手いたしました。

これからが、楽しみです。
添意のこと、構文の事、文体の事
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-5-19 22:39:47  SITE  MAIL  [返信] [編集]

浅野信先生の構文論は、秀逸です。
このこと、ご理解に及んで頂けますと、嬉しい限りです。

疑問文は、
日本語では、相の付加による形式をとります。
欧米語とは、全く違う形式です。

この事を、「文体」と呼ぶようにしておられます。
浅野先生は。

浅野文法は、基礎のものとせざるを得なくなると思います。


それと、
言葉についてくる匂い、
つまりは、「添意」の事ですが、
これも、浅野文法の延長線上です。
Re: 同音記号と濁点
mana
特別研究員

真名 2007-5-8 14:11:27  [返信] [編集]

ここでとりあえず必要な前提は、
「カ カ ナエテ」では文脈としても単語としても意味が通らないであろうということに尽きます。

そうであるとすると、ヲシテ時代には濁音のヲシテでなくてはならないであろうと。

一方、同音記号を使用した場合には、濁点を使う以外には、濁音のヲシテにはなりえないであろうというのが要点です。

また、ここは悪い意味のガのヲシテと見るのが前後の文脈上、妥当に思います。

とりあえず可能性がありそうなら、他の「同音記号+濁点」の用例を拾ってみようかというところですね。

同音記号については、一般論的に決着をつけるのは難しいかなあと思っています。 手がかりがないですね。
現時点ては文脈と意味からアプローチする他の方法論を思いつかないと。

追伸: 「ホツマ辞典」にも確か「カガナエテ」という項目がありますので、とりあえず読んでみて下さい。 カとカをナエルでは単語が成立しないみたいです。
Re: 同音記号と濁点
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-5-8 14:01:37  SITE  MAIL  [返信] [編集]

結構あるのですね。
同音記号の用例を拾ってます。
現在の、私たちの授かっている写本は、安聡さん、フセンさんに、源流が、
集約されてしまいそうです。
そうしますと、
その前の状況に、どうやってたどり着けばよいのか?
難しいです。

とにかく、
悪い意味の「ガ」はヲシテ時代から存在していたと、
見ることは、しかるべしでありましょう。
どこから、
へんてこりんな、同音記号が記載されてくるのか?
安聡さん、フセンさんに、ともに、見られる訳ですので、
その以前の段階でのことに、と、
推考せざるを得ない、

では、
ヲシテ文献の成立時代との間にはどの様ないきさつがあったのか?
もう少し考えます。
Re: 同音記号と濁点
ikeda
主任研究員

いけだ 2007-5-8 2:33:31  SITE  MAIL  [返信] [編集]

とっても面白いプロセスです。
複雑なことでもありますので、
今度お会いした時に、
と、思います。
もう少し考えます。
ヲシテ文献成立時の、その、姿に少しずつ近づきつつあることが、
何よりです。

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