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1 質問に答えて 出雲のカミさまは?
beace
特別研究員

さかた 2007-9-20 13:33  MAIL  [返信] [編集]

不思議な言い伝えが、地元にあります。
出雲大社の後ろの大きな岩には、
もっと古い、元のカミさまが宿られている・・・と。

毎年節分の日には、地域の人たちは、三々五々、
出雲大社の後ろの、ソサノヲさまを祀る、ほんとうに小さな「素鵞社」にやってくるのです。
手に手にお豆や海の砂を持って。
その光景を、
作家の田口ランディーさんが『聖地巡礼』という、エッセイに書いておられました。

引用:
 例の場所。そこは私にとって特別な場所だった。
出雲大社は禁足地である山を背負うようにして建っている。
大昔はきっとこの山そのものが御神体だったのだろう。山は本殿の北側に位置する。
その山との境界地点に素鳶社(そがのやしろ)がある。
小さな古びた社である。本殿の豪華さとは比べ物にならない。
ところが、初めて出雲大社を訪れた時に、Sさんが「神さまはこっちにいる。古い神さまがこっちにいる」と言ったのだ・・・中略

・・・いきなり神社の裏に回る人はそうそういない。そこは本当にただの露出した山の岩肌なのである。
だが松村さんは「ここですね」と言う。・・・中略

 二人で岩の前に立っていると、おばあさんが1人、節分の豆をもってやってきた。
そして、その節分の豆を岩に向かって投げ、自分の肩の後ろに投げ
「鬼は外、福は内」と唱え手を合わせる。
どうやら地元の方らしい。
私はびっくりして、思わずおばあさんを呼び止めた。
「あ、あのお、どうしてこの岩に向かってお祈りしたんですか?」
おばあさんによると、地元の人々の間では、
この岩は特別な力を持った岩として信じられているのだそうだ。
歯痛を治したり、願いをかなえてくれるとおばあさんは言う。
だから出雲近辺では、この岩に節分のお参りをする人も多いとのこと。

 そうこうするうちに、今度はビニール袋に砂を入れた男性がやって来た。
見ていると、その砂を素鳶社の床下にざらざらとあけて、床下にある別の砂をビニールに入れて
持ち帰ろうとしている。私はさらにびっくりした。
「あの、その砂、どうなさるんですか?」
男性によると、毎年、海から砂を運んで素鳶社の床下に1年寝かせる。
その砂を1年後に持ち帰り家の周りにまく。
するとその家は「出雲屋敷」というものになり、方角の悪さなどから守られるのだそうだ。

 その後も続々と地元の人がやってきて、岩に向かって豆をまきお祈りをしていく。
奇妙な光景だった。みんな狭い神社の裏側にカニのように横歩きしながら回り込んで来る。
しかも、雨の中を・・・。
「地元の人はみんな知っていたんだね」


出雲大社は、国譲りで有名なソサノヲさまの御子の大国主命をお祀りしているのですが、
これは記紀神話を元としているのは言うまでもありません。

でも・・・オオクニヌシ(ヲヲコヌシ)さまとは、ソサノヲさまのお孫さまのクシヒコさまで、
三輪山に鎮まられ、カミヤシロは大神神社なのですけれど?

「国譲り?」をなされたのは、
そのお父さまのオオナムチ(クシキネ)さま、初代オオモノヌシ。

それも、ソサノヲさまから受け継がれたクニがとても豊かになって、心が驕られたのでしょうか。
朝廷を軽んじたいろいろな振る舞いがあり、ついにとがめられ役職も罷免、追放されたのです。
けれど邪気はない方で、御子のクシヒコさまの助言に従って、ただちに恭順の心を示されたので、
滅ぼされることなく辺境の津軽への国替えとなりました。

ですから国を譲ったのではないのですよね。
罪とされたけれど減刑されて、辺境の貧しい地に移された。
これが、真相なのです。

それからのオオナムチさまは心を励まして、熱心にその地を治められ、
その地はそれはそれは豊かになったそうです。

オオナムチさまはそれでも、自分のどこがいけなかったかが、
本当はわかっていらっしゃらなかったんですって・・・
でも、とにかくヲヲヤケに逆らってはならないと、
息子である、後のヲヲコヌシ(漢訳・大国主)さまに諭されて、まことに素直にそうなさった。
そこが、なんだか微笑ましくも人間らしいなと思いました☆

そして老齢になられてからやっと
「ススカノミチ」の教えを聞いて、
自分の間違いを悟られたのだとヲシテは記しています。

これは、現代の風潮にも当てはまっていますね。
「トミ ガレ」と記されるそれは、豊かになればそれが一番・・・
ただただ物質的なものを尊び、誇り、それを楽しむあまりに心が貧しくなるということでしょうか。
これって「ケ ガレ」なのですよね。

モノに執着するあまり
「トノヲシテ」で表される、瑞々しい心、
人を思いやる心が、枯れていってしまう、
それが「トミ ガレ」なのだ。
そのことをやっと悟られ、長生きなさったオオナムチさまは、
(ツ)カルキミとか、カルキミ オキナ、また、
「ウツシ クニタマ」という象徴的な御名で称えられるようになりました。

そして前にも書きましたように、死後は岩木山に葬られ、祀られるようになったのです。
カミヤシロは今の岩木山神社で、主祭神は今も、ヲシテにある通り、
「ウツシ クニタマ」であることが、とても嬉しく思われます。

土地に伝わる伝承は、やはり、ヲシテの記述を示唆するものがありました。
   ・・・昔、大己貴命(=顯國魂神)が、この地に降臨し、
   180人の御子を生み、穀物の種を蒔いて、子遊田と名づけられた。
   その田の中で、白く光る沼があり、田光沼(たっぴぬま)と言った・・・以下略



さて、出雲の地は、
このオオナムチさまや、その御子のヲヲコヌシ・クシヒコさまを奉っているのではない。

やはり、その父ギミ「ソサノヲ」さまをお奉りしていたのではないか?
それ故に、記紀に準じて神社を建て大国主命を奉った後でも、
この土地には「もっと古い、もとの神さまが鎮まっておられる」との伝承や、
それに基づいて「素鳶社」を尊ぶ風習
が生まれたのは、
とても自然なことではないでしょうか?

歴史の一部になっている今の神社のその前の、
古い古い記憶は、形を変えて
今も私達の心のうちにしっかりと根づいているのでしょうね。

【オマケの追記】
大国主と漢訳されてしまったクシヒコさまは、歴代アマカミの信頼も篤く、素晴らしいお方でした。
なにしろ、アマテルカミに「ヒノワ ワケミ」・・・自分と同じお日さまを分け合ったタマを持つ・・・という、
これはもう、最上級の褒め名を拝領されています。

他にも、若い頃の役職名としてコトシロヌシ。
後に父のオオナムチさまの役職を受け継いで、2代目のオオモノヌシとなられました。
他の称え名は、ヤマトノカミ、ヲコヌシ、ヤマトヲヲコノミタマカミ、などなど。
どんなにお偉い方であったか、これからも解るのですね。

アマテルカミのお手ずから、古いカンタカラの「サカホコ」を授けられ、
後には、死したあとも世を護らんと、
そのサカホコを携えてミモロヤマ(三輪山)山中の洞に入り、祈りつつ入寂(カミ上がり)されたそうです。
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